「身体拘束は治療ではなく、医師の裁量は無制限ではない」/医事法の第一人者が「要件緩和」に懸念示す/「日本身体拘束研究所」創立記念シンポジウム
2023年9月11日、一般社団法人「日本身体拘束研究所」の創立記念シンポジウムが東京都内で開催されました。かなり怪しげな名称なので、人間を縛りたくてたまらないマッドサイエンティストたちの極秘研究所をイメージしますが、実は杏林大学教授の長谷川利夫さん(「精神科医療の身体拘束を考える会」代表)が理事長を務める「身体拘束を減らすための真面目な研究所」なのです。精神科医の斎藤環さんや、弁護士の佐々木信夫さんも理事として加わっています。
長谷川さんは創立の理由を次のように語ります。「支援した石川の死亡例の裁判では、精神保健指定医が指示した身体拘束を違法とする名古屋高裁判決が確定しました。また、独自に行った国際調査では、日本の精神科病院での身体拘束(1日に人口100万人あたり98・8人)はアメリカの266倍、オーストラリアの599倍に上ることを明らかにしました。それでも身体拘束は減らず、逆に厚労省が要件緩和を画策しています。このような卑劣な行為に歯止めをかけるには、アカデミックな分野の第一人者たちの声が欠かせないと考えるようになりました。多様な視点からの見解を集めて、社会に発信するのが研究所の役目です」
統合失調症の入院患者が減り続けている今、身体拘束の餌食に最もなりやすいのは認知症の高齢者です。厚労大臣が無責任な告示改悪を遠からず行い、要件緩和が現実になると、ますます縛られることになります。縛られた高齢者は心身が急激に衰えて、多くが死亡退院になるでしょう。これは、あなたの親やあなた自身の問題でもあります。平和ボケな日本人らしい知らんぷりは卒業して、しっかり考えて声を上げないと後で泣くことになりますよ。
今回は創立記念シンポの講演の中から、医事法の第一人者である甲斐克則さん(早稲田大学大学院法務研究科教授)の講演の一部を抜粋して紹介します。精神科の身体拘束が法的にも特異な位置にあるのが分かります。
「精神科医療は他の医療と比較して歴史的に特異な領域を形成しており、人権問題に深く関わる固有の問題が内在しています。身体的拘束の問題もそのひとつですが、日本では法的問題性の自覚が不十分なままです」
「身体的拘束の行為自体は逮捕罪(刑法220条)の構成要件に該当し、その行為を行うには正当化事由が不可欠です。身体的拘束それ自体は治療行為ではなく措置(処遇)行為であり、医師の裁量に全面的に委ねられてはいません。精神保健指定医に認められた身体的拘束の必要性の判断についての裁量の幅は、無制限ではないのです」
「身体的拘束を実施するには、刑法35条の『正当業務行為』論を持ち出すだけでは不十分で、法令による根拠を持った行為が必要となります。患者本人の同意もしくは公的基準(精神保健福祉法37条1項に基づき厚労大臣が定めた基準)に則った要件、とりわけ『切迫性』『非代替性』『一時性』という3要件の充足が不可欠です。『切迫性』要件は抽象的危険のレベルではなく、具体的危険のレベルで判断するものです。要件緩和の検討が今行われていますが、安易な緩和をすべきではありません」
今回の創立記念シンポでも、話題の中心は身体拘束の要件緩和問題となりました。このあたりで経緯をまとめて記事化したいところですが、現在の私は「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)の続編となる本の執筆中で、世界進出を目指すOUTBACKアクターズスクールの関連もあって余力ゼロのため、落ち着いたらまとめます。おおよその経緯はこの連載の過去記事で分かると思いますので、参考にしてください。
