「常用量でも死に至る」とのとんでもない報道も!/日本自殺予防学会が自殺報道に関する緊急提言/報道関係者はメンタルヘルスの基礎知識を必須にしよう
自殺に関する報道は、悩ましいものがあります。有名人であれば取り上げないわけにはいきませんが、詳細な自殺報道は新たな自殺を誘発するという側面もあります。
KPの勉強会で講演してもらったこともある日本自殺予防学会理事長の張賢徳さんから、同学会の「自殺報道に関する緊急提言」の掲載依頼が届いたので紹介します。
向精神薬名をあげて「常用量でも死に至る」などと恐怖を煽るバカげた報道が行われているようです。提言にあるような、国による「報道監視規制」には慎重であるべきですが、大きな事件があるとすぐに精神疾患と絡めたがる報道などを含め、記者たちの無知が誤った内容の番組を作り出しています。報道関係者は、メンタルヘルスの基礎を必須の知識として学ぶ必要があるのではないでしょうか。日本自殺予防学会では、適切な報道表現を支援する機関を今後設置するとしています。
※張賢徳さんの話は精神医療ルネッサンス(2022年4月~5月、計4回)で取り上げています。
精神科医・張賢徳さんの「うつに殺されないために」①/心理学的剖検で自殺の真相に迫る https://onl.tw/Kh1Luat
2023年6月9日
報道機関はじめ情報発信・受信に関わる全ての皆様
日本自殺予防学会常務理事会
自殺報道に関する緊急提言
今般の心中自殺疑いとされる有名人に関する報道について、すでに厚生労働省などから自殺報道への注意喚起(令和 5 年 5 月 18 日)がなされておりますが、その後も事件への憶測、デマを惹起する恐れのある報道が絶えず、さらに具体的な処方薬の内容に関して、向精神薬服用中の患者さんの不安を惹起するような報道内容も認められることから、日本自殺予防学会は、報道機関をはじめ、情報発信に関わる皆様、そして情報を受信する一般国民の皆様に緊急提言をいたします。
1. 自殺報道をむやみに繰り返さない、センセーショナルな見出しで表現しないこと
有名人などの自殺行動は、未遂であっても多くの人に大きな衝撃と不安を与えることから、悩みのある人たちが、憶測で語られた自殺の要因に影響を受け、共感を高めて模倣自殺に傾くことのないよう、正確な情報を欠いた速報、繰り返しの情報発信、センセーショナルな見出し表現を控えるようお願いします。
2. 自殺行動の動機の憶測や具体的手段について詳細に報道しないこと
自殺行動の動機の憶測や具体的手段の詳細な報道は、同様の苦しみを抱えている自殺リスクの高い人たちに、自殺行動を模倣する可能性を特に高めます。これは世界的に、調査・研究に裏打ちされた明確な科学的根拠があり、世界保健機関(WHO)のガイドラインでも「やるべきでないこと」に指定されています。動機や具体的手段について詳細に報じることは控えるようお願いします。
3. 自殺行動に関する処方薬名や処方内容を詳細に報道しないこと
向精神薬は、安全性が確認され、医療機関の管理の下で服用する限り致死的な副作用を生じることは極めて稀です。服用した向精神薬の具体名をあげ、「常用量でも死に至る」などと致死性に関して誤ったコメントをしたり報道したりすることは、向精神薬による治療を受けている全国約 50 万人(2020 年厚生労働省患者調査)の患者さんに対していたずらに服用の不安を高め、治療や予後に甚大な被害を与える懸念があります。患者さんの安定した治療の妨げとならぬように、責任ある報道を強く求めます。また、生命にかかわる医療上の有害危険情報として、国に報道監視規制を求めます。
4. 自殺についての正しい知識を報じること
「自殺は悪いことではない」、「死への恐怖はない」といった自殺を促すような発言や自殺手段に関する誤った情報を発信するべきではありません。「捜査関係者によると」といった推論を伴う情報を報じる際には、情報源を明示してください。また、相談機関の連絡先だけでなく、苦しんでいる人たちの参考になるよう、自殺を考えるつらい気持ちには適切な対処法や治療法があること、危機的状況にあってもいずれ苦しみが和らぎ、乗り越えることができること、それを乗り越える人それぞれの人生や物語があることなどを伝えつつ、具体的なストレスへの対処法など正しい知識を積極的に発信・共有してください。
5. 自殺についての正しい知識を得ること
日本の伝統的文化メディアには、自殺を動機から解釈し容認する社会的偏見がありました。しかし今日では、自殺の多くが精神疾患と個人の心理社会的危機から生じる特殊な心理状態の結果であり、適切な社会的サポートや精神科医療で回避できることが科学的に明らかとなっています。多くのメディアは自殺を防ぐための科学的根拠の提供よりも、人間の好奇心と情緒にこたえる営利企業であるため、自殺について正しい知識を提供することが難しいと思われます。メディアを視聴する皆様は、自殺についての正しい知識を、以下の公的機関や非営利団体(NPO)から入手するようにしてください。今後学会では、模倣自殺を防ぐために、適切な自殺のメディア報道表現を支援する機関を設置する予定です。
参照
1)日本自殺予防学会 http://jasp.gr.jp
2)厚生労働省自殺対策
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/index.html
3)いのち支える自殺対策推進センター https://jscp.or.jp/
【本提言に関するお問い合わせ】
一般社団法人日本自殺予防学会事務局(jasp-post@as.bunken.co.jp)

(2022年2月、佐藤光展撮影)