切迫性や一時性の有名無実化は許さない!/日弁連の有志30人が「身体的拘束要件の見直しに関する意見書」を提出/拙速な改定議論に「待った」をかける

石川身体拘束死裁判で違法判決を勝ち取った(6月9日、霞が関 佐藤光展撮影)
日本弁護士連合会の弁護士有志30人が、2023年6月9日、「『厚生労働省 令和4年度 障害者総合福祉推進事業 精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究 報告書』における身体的拘束要件の見直しに関する意見書」を厚労省に提出しました。
厚労省は、この調査研究を野村総合研究所に委託し、23年3月に報告書が公表されました。この中には、身体拘束の要件(昭和63年厚生省告示130号)を見直し、新たな要件案を提示した記載があります。今後、厚労省はこの報告書に基づいて告示130号を改定するとみられますが、現行よりも「改悪」となる恐れを多くの人が指摘。この意見書でも弁護士たちが「これは法的にみても、また入院中の精神障害者の行動制限に実務的に関与している法律家からみても、大きな問題を孕んでいる」と指摘しています。(告示130号の内容はこの記事の最後に入れています)
身体拘束は重大な人権侵害ですが、現場でどうしても避けられない場合の要件として「切迫性」(危機が差し迫っている時)「非代替性」(他に方法がない時)「一時性」(行う場合は短時間で解除する)の3つが挙げられています。報告書では、この3要件を新たな大臣告示に明示するとして、「具体的な記載イメージ」を示しましたが、これが要件を骨抜きにする恐ろしい内容だったのです。
3要件の具体的記載イメージは、次のように書かれています(報告書87頁、カッコ内は筆者が補足)。
「そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれ又は重大な身体損傷を生ずるおそれが著しく高い」(切迫性要件案)
「身体的拘束以外によい代替方法がなく、やむを得ない処置として行われるものである」(非代替性要件案)
「身体的拘束は一時的に行われるものであり、必要な期間を超えて行われていないものである」(一時性要件案)
また、現行の要件にある「多動又は不穏が顕著である場合」等の対象患者を明確にするとして、次のような記載案を書いています。
「多動又は不穏が顕著である場合であって、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれや重大な身体損傷のおそれがある場合」
こうした「具体的な記載イメージ」について、弁護士たちは意見書で次のような問題点を指摘しています(一部カット、短縮した部分あり)。
◎切迫性要件の有名無実化は許されない
報告書は、切迫性の要件を明示するとしながらも、「切迫性要件案」は、生命もしくは身体の危険の「おそれ」であっても身体的拘束が可能であるかのように後退している。切迫性と言う文言は、まさに危機が時間的に迫っているという非常に限定的な意味合いを有する概念であるところ、「おそれ」という概念を介することによって、将来の危険予測による身体的拘束を許容するものである。これではせっかく切迫性の文言によって身体的拘束を限定しようとした意図が骨抜きになる。
切迫性要件としては、「患者の生命又は重大な身体損傷の危険が切迫している」とすべきである。
◎一時性要件の有名無実化は許されない
報告書は、一時性の要件を明示するとしながらも、「一時性要件案」では、一時性の文言に続いて「必要な期間を超えて行われていないものである」との文言が書き加えられている。
しかし、そもそも、告示130号の「基本的な考え方(一)」においては、「できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならない」旨明記されているにもかかわらず、これを「必要な期間」と書き換えることは、明らかに医療裁量拡大を意味するものであり、要件の厳格化というより後退ともいえる。
医療裁量を許容するおそれがある主観的な必要性概念と異なり、一時性という概念は、純粋に事実的・時間的・客観的概念である。ここに必要性という主観的概念を混交してしまえば、その時間的限定作用が著しく棄損される。このような言語的混乱を招く表現は、法令用語として許されるべきではない。
一時性要件としては、「身体的拘束は一時的に行われるものであり、できるだけ早期に他の方法に切り替える」とするべきである。
◎具体的な多動・不穏要件においても切迫性要件の有名無実化は許されない
多動・不穏要件に切迫性要件を付け加える場合にも、「おそれ」などという文言を挿入すべきではなく、切迫性の文言を明記するべきである。
多動不穏要件としては、「多動又は不穏が顕著である場合であって、患者の生命又は重大な身体損傷の危険が切迫している場合」とすべきである。
◎身体合併症治療のためという治療名目の強制を許容すべきではない
報告書は、あたかも身体合併症により身体的拘束しなければならない場合があり、それを本告示に明記との提言を行っている。(報告書87頁の後半部分)
しかし、身体合併症によって身体拘束しなければならない場合というのは、まさに、生命・身体の危険が切迫している場合を言うのであり、このことは切迫性要件にて言い尽くされている。これに加えてさらに身体合併症の場合を別記することは、まさに身体的拘束と言う強制的措置を通じて、精神科医療における強制治療権限を明文で認めてしまうような効果をもたらすおそれさえある。現行の精神保健福祉法においては、行動制限の規定はあるが、強制治療を許容する規定はない。現場で緊急避難的に実施されているかはともかく、精神保健福祉法は強制治療を許容していないものである。しかるに、告示改定により治療のための身体的拘束を認めるというのは、法的解釈をねじ曲げるものにほかならない。身体合併症のための身体的拘束の要否は、まさに身体科の問題である。
また、「身体合併症」という語の定義の外延も判然とせず、このような条項を挿入することによってなし崩し的に強制治療権限拡充がなされてしまうおそれがある。精神科医療において、身体合併症を有する人の統計的資料や、身体的拘束を用いなければ身体合併症治療ができないというような限界事例の検証なくして、安易に「身体合併症」なる用語を用いてこれを身体的拘束の理由として要件化することは認められない。
したがって、身体合併症による身体的拘束権限は明記すべきではない。
◎本件告示改定の件は民主的討論を経ていない
本件告示改定の件は、厚生労働省において、2021年10月から13回にわたり検討会が開催され、2022年6月9日にその報告書が取りまとめられ、その後、厚労省によって精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究が野村総合研究所に託され、2023年3月、研究会報告書の発出となった経緯がある。
上記検討会及び研究会は、厚生労働省から選任された構成員らによるものであり、なんらその選任に民主的手続きを経ていない。またそれらの議論にも、当の構成員以外は参加することはかなわず、とても公開の議論とは言い難い。
身体的拘束という、最高度に人身の自由を侵害する行為のルール変更に関し、なぜ民意が反映されないかの理由を考えると、そもそもそのような重大な人権侵害ルールが告示という非民主的な手続きによって、行政権の意向次第でどのようにでもなる仕組みが原因である。
そもそも、本件告示改定の件に見られるように、非公開で国民的議論もなく、ほとんど秘密のうちに事を運ぶことが可能である理由は、精神科病院における処遇が法律事項ではないからである。そして、法律事項ではない以上、国民には言論・公論で対抗する手段はないし、また仮に精神科病院での処遇が国民に不利益を及ぼしても、だれも政治的責任を負わないということにもなりうる。
このような議論のあり方は、まさに民意の届かない行政国家化の象徴であり、民主主義衰退の兆しとも言い得る。
そもそも身体的拘束の減少自体は、本告示を変更しなくても厚労省及び医療側が本腰を入れて現行本告示を真剣に解釈し直し、その遵守を監督することで相当程度可能である。しかし、そのような動きはほとんどない。
現時点で、拙速に告示130号の改定議論を行うべきではない。
意見書の内容は以上になります。死亡した大畠一也さん(当時40歳)への身体拘束が違法とされた判決などを受けて、厚労省は要件の更なる厳格化を図らなければいけないのに、精神科病院などの業界の圧力に屈したのか、拡大解釈が可能な改悪をひっそりと行おうとしています。そんなことが許されるはずはなく、身体拘束で人間の尊厳を踏みにじられた人たちを中心に、怒りの声がますます高まっています。
意見書をまとめた弁護士30人の名前
柳原由以、黒岩海映、髙橋智美、青木佳史、池原毅和、東奈央、八尋光秀、伊藤俊介、延命政之、採澤友香、原田直子、福島健太、田瀬憲夫、鹿野真美、山口亮、山口正之、及川智志、小貫陽介、黒田昌宏、長岡克典、奥田真帆、辻川圭乃、大久保秀俊、田頭理、稲盛幸一、酒井将平、福元温子、幡野博基、最首克也、佐々木信夫

身体的拘束について(昭和63年厚生省告示130号)
一 基本的な考え方
(一) 身体的拘束は、制限の程度が強く、また、二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする。
(二) 身体的拘束は、当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり、制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならないものとする。
(三) 身体的拘束を行う場合は、身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし、手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐、縄その他の物は使用してはならないものとする。
二 対象となる患者に関する事項
身体的拘束の対象となる患者は、主として次のような場合に該当すると認められる患者であり、身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。
ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合
イ 多動又は不穏が顕著である場合
ウ ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合
三 遵守事項
(一) 身体的拘束に当たっては、当該患者に対して身体的拘束を行う理由を知らせるよう努めるとともに、身体的拘束を行った旨及びその理由並びに身体的拘束を開始した日時及び解除した日時を診療録に記載するものとする。
(二) 身体的拘束を行っている間においては、原則として常時の臨床的観察を行い、適切な医療及び保護を確保しなければならないものとする。
(三) 身体的拘束が漫然と行われることがないように、医師は頻回に診察を行うものとする。