身体拘束が更にやりやすくなる?!/医師の裁量で「検温のため縛る」がまかり通る恐れも/厚労省が今夏にも新要件告示か

精神科での身体拘束乱用が止まりません。私が5年前に講談社から出した単行本「なぜ、日本の精神医療は暴走するのか」では、「育て直しのための身体拘束治療」と称して子どもたちを長期間縛り上げ、抗精神病薬漬けにして「赤ちゃん返り」させる極悪カルト教団のような精神科病院の実態を暴きました。

これは明らかな児童虐待であり、大事件だと思うのですが、精神科医の中にはこんなものを「治療」だと言い張る危険な人物が存在し、周囲も「医師が治療だと言っているのだから問題ない」と看過しているのです。私は、この病院を管轄する行政機関に対応を求め、担当者が調査に入りました。そして、治療と称する児童虐待を確認したのです。ところが行政はあまりにも無力で、担当者は「確かにひどい状況なのが分かりました。しかし、医師の裁量権は絶大なので、私たちがこれを治療ではないと否定して中止させることはできないのです」と頭を抱えるばかり。こうした病院に子どもを入れたがる親にも問題があることが多いので、当時は家族からの告発もなく、結局、子どもたちは見捨てられたのです。

医師の裁量権(医師が患者のために最も有効だと判断した医療行為を実施できる権利)は確かに絶大です。ですが、この裁量は医師のためにあるのではなく、患者が最も適切な診断、治療を受けるための権利です。患者にとって明らかにマイナスになることを、医師の裁量で押し付けることはできません。ところが、検査や処置の科学性に欠ける精神科では、そのいい加減さゆえに周囲のチェックがきちんと働かず、医師の暴走を止めるのは至難の業です。

精神科では、著しい人権侵害である身体拘束の必要性までも、医師(精神保健指定医)が判断できます。日本の精神科病院では、毎日1万人以上が身体拘束を受けていますが、その中に「患者のためのやむを得ない身体拘束」はどれくらいあるのでしょうか。本当に患者のための措置であるならば、海外のように短期間で終了させるはずですが、数か月や数年も身体拘束が続く患者が多く存在するのはなぜなのでしょうか。

2021年10月、石川県の精神科医が行った身体拘束(男性患者が拘束解除後に肺動脈血栓塞栓症で死亡)を違法とする名古屋高裁判決が確定しました。司法はこのケースで医師の裁量に踏み込み、「身体的拘束を必要と認めた医師の判断は早きに失し、精神保健指定医に認められた身体的拘束の必要性の判断についての裁量を逸脱するものであり、本件身体的拘束を開始したことは違法」と判断したのです。とても重い判決です。

この結果を深刻に受け止め、過剰な身体拘束を減らすための検討を真剣に行うのがあるべき国の姿ですが、人間処分場のような「精神病院」を生み出し支えてきた日本国は、逆の道に進もうとしているようです。身体拘束の要件を狡猾に書き換え、要件を絞ったように見せかけながら、実は現行よりも更に縛りやすくする動きをみせているのです。

身体拘束の要件は、厚生労働大臣の告示によって定められています。国会での議論を経ずに厚労省が勝手に決めているのです。重大な人権侵害をやむを得ず行うための要件を、実にお手軽に決めてしまうところに、この国の闇の深さがあります。現行の要件は以下の通りです。

○精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十七条第一項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準 (昭和六十三年四月八日)(厚生省告示第百三十号)

第四 身体的拘束について

一 基本的な考え方

(一) 身体的拘束は、制限の程度が強く、また、二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする。

(二) 身体的拘束は、当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり、制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならないものとする。

(三) 身体的拘束を行う場合は、身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし、手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐、縄その他の物は使用してはならないものとする。

二 対象となる患者に関する事項

身体的拘束の対象となる患者は、主として次のような場合に該当すると認められる患者であり、身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。

ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合

イ 多動又は不穏が顕著である場合

ウ ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合

三 遵守事項

(一) 身体的拘束に当たっては、当該患者に対して身体的拘束を行う理由を知らせるよう努めるとともに、身体的拘束を行った旨及びその理由並びに身体的拘束を開始した日時及び解除した日時を診療録に記載するものとする。

(二) 身体的拘束を行っている間においては、原則として常時の臨床的観察を行い、適切な医療及び保護を確保しなければならないものとする。

(三) 身体的拘束が漫然と行われることがないように、医師は頻回に診察を行うものとする。

2022年に開かれた検討会で、厚労省は現行の二の具体的要件の部分に「検査及び処置等を行うことができない場合」や「患者に対する治療が困難な場合」などの文言を付け加える案を示しました。先にも触れたように、こうすると要件を現行よりも絞ったかのように見えるかもしれませんが、逆です。この文言によって、精神科での強制的な検査や治療がはっきりと肯定され、身体拘束はそのためにも必要だと位置付けられることになります。「患者のための医療」が行われているとは言い難い精神科に、「検査のために必要だから縛る」などという口実を与えると、安易な身体拘束はますます増大していくでしょう。

杏林大学教授で、精神科医療の身体拘束を考える会代表の長谷川利夫さんは、厚労省のこうした動きに早くから気づき、反対の声を上げてきました。「石川身体拘束裁判は、医師の裁量に司法が歯止めをかける画期的判決でした。しかしながら、司法の決定を行政権力によってひっくり返す、発展途上国のようなことが行われようとしています。そこには既得権益を守ろうとする大きな力が働いていることは間違いありません」と指摘します。

石川身体拘束裁判で画期的判決を勝ち取った弁護士の佐々木信夫さんも危機感を募らせ、次のように語ります。

「こんな要件が通ったら、体温を測るために縛る、というレベルの身体拘束までも肯定する解釈が可能になります。精神病院は暴力装置を持っていて、鎮静の注射を使えるし、人間を隔離することもできます。体の病気で検査や処置が必要なのに、抵抗する精神疾患の患者はいますから、そういう人は隔離して慎重に対処しましょう、という所までは現行の告示で認められています。でも身体拘束は最大限の屈辱であり人権侵害ですから、行うためには最も厳しい基準が必要になります。そのまま放置すると生命に危険が及ぶとか、身体に重大な損傷を及ぼすとか、そういう場合にしか縛ってはいけないと現行の要件に書いてあります。壁にバンバン頭をぶつけて血まみれになるような状態であれば、身体を押さえるしかないでしょう。でも今、厚労省が進めようとしているのは、基準をもっと緩くすることです。彼らは医療の裁量を広げて身体拘束を聖域化し、素人が口を出せないようにしたいのです」

このまま傍観していると、身体拘束が更にやりやすくなる新要件が今夏にも告示されるかもしれません。長谷川さんたちは多くの組織と連携し、反対運動を繰り広げていく構えです。

横浜で講演する長谷川利夫さん(2023年4月30日撮影)