身体拘束を止められない日本/違法判決確定の死亡例も厚労省は調べる気なし/縛り肯定派で要件緩和を画策か?/川田龍平議員が国会で追及

「身体拘束1万人 10年で2倍」

私がこの衝撃的なスクープを読売新聞に書いてから、来年でもう7年になります。この間に、杏林大学教授の長谷川利夫さんは「精神科医療の身体拘束を考える会」を立ち上げて、海外との実態比較や、被害者支援活動などを精力的に続けてきました。また私も、精神科病院での身体拘束死亡例を、本や記事でいくつも取り上げてきました。

しかし、身体拘束がこれほど急増した理由について、国は形ばかりの調査でお茶を濁すばかり。何を恐れているのか、この露骨な人権侵害と真面目に向き合おうとしません。その結果、今秋の参議院予算委員会で急増の理由を問われた岸田首相は「身体拘束が2倍に増えたというご指摘でありますが、その実態について今一度確認するとともに、その意味の分析について厚労大臣とも確認をさせていただきたいと思います」と今に至っても誤魔化すしかありませんでした。このあたりの経緯は、医療経営者向け月刊誌「集中」2022年12月号「精神医療ダークサイド最新事情」に書きました。同誌のWebサイトに近く掲載されますのでお読みください。

2022年12月6日、身体拘束に関する国のいい加減さが更に暴かれました。立憲民主党の参議院議員・川田龍平さんが厚生労働委員会で行った質疑によって、身体拘束の要件などを検討する委員会メンバーの不適切な人選問題が浮かび上がったのです。

精神科が行う身体拘束の要件(①自殺企図や自傷行為が著しく切迫②多動や不穏が顕著➂放置すると生命にまで危険が及ぶ恐れ)は、国会審議を経ることなく、厚労大臣の「告示」で決められています。憲法で保障された人身の自由を奪う人権侵害行為の要件を、これほど安直に決めていること自体、大問題ですが、この要件が更に緩和される恐れが昨今生じているのです。

川田さんはこの日、長谷川利夫さんが支援し、弁護士の佐々木信夫さんらが原告代理人となって違法判決を勝ち取った石川県の身体拘束死裁判についてふれました。「2016年12月14日、石川県にある精神科病院『ときわ病院』において、当時40歳の大畠一也さんが身体拘束をされ、6日後の12月20日に解除された直後に肺動脈血栓塞栓症で亡くなりました。この原告が損害賠償を求めた裁判で、名古屋高裁は身体拘束開始時からの違法を認め、被告病院側に損害賠償支払いを認めました。これに対する被告病院の最高裁への上告受理申し立てに対し、最高裁は2021年10月19日に受理しないと決定をし、高裁判決が確定しました」

そして川田さんは、厚労省に対する疑惑を次のように指摘しました。

「昨日、長谷川(利夫)参考人からもお話がありましたが、令和4年度障害者総合福祉推進事業について、指定課題番号42の『精神科医療における行動制限の最小化に関する調査研究』があります。この事業実施計画書によると、この事業の中では検討委員会が開催され、処遇基準告示の見直しを含めた(身体拘束)要件の検討を行うとされています。この委員の中に、杉山直也氏と北村立氏が入っています。この両氏は先ほどの石川県の身体拘束死裁判の被告病院側の意見書を執筆し、最高裁宛に提出しています。大臣告示の改編の検討に、なぜ被告病院側の意見書を書いた人物のみを委員に入れるのでしょうか」

この国の委員会や検討会は、毎度のことながら御用系人選ばかりであきれ果てます。身体拘束についてこの国で最も詳しく、被害者支援に全力で当たっているのは長谷川利夫さんなのに、長谷川さんをなぜメンバーに加えないのでしょうか。

川田さんに痛い所を突かれた厚労省は、とぼけるのに必死です。

「本件訴訟につきましては、国が原告となるものではなく、ご指摘の病院側の意見書については承知をしていないところでございます」

「ご指摘の推進事業におきましては、行動制限最小化の取り組みにかかる事例収集と共に、有識者による総合的な検討を行うこととしているところであります。本事業におきましては公募を行い、野村総合研究所が実施しているところでございますが、行動制限最小化に関する様々なお立場の有識者にご参画いただいているものと承知しております」

稚拙なはぐらかし答弁に対して、川田さんの追及は続きます。

「先ほどの事業計画書には、報告書の中で取りまとめられた不適切な隔離、身体拘束をゼロとする取り組みの具体化に向けた調査研究などを実施するとされています。しかしなぜ、このような中に、人が死亡した身体拘束を適法だと主張する側の人物を入れるのでしょうか」

「更にこの北村立氏は、石川県の身体拘束裁判で、被告病院の院内事故調査委員会の委員長もしています。この事故調査委員会は中立性が求められますが、北村氏は当該裁判が進行中の時に被告病院側の意見書、すなわち身体拘束は適法だとする意見書を裁判所に提出していたということです。事故調査委員会委員長であるにも関わらず、被告病院側の意見書を最高裁に提出する。そのような人物をこの厚労省の検討会の委員にしたり、また今般、野村総研の研究に加えたりするということですが、これは不適切ではないでしょうか」

「委託先の野村総研は、精神医療の専門的知見を有しているわけではありません。厚労省が関知していないなどありえないと思いますが、もしそうだとしたら丸投げで無責任になってしまいます。本当に身体拘束をやっていない病院に光を当て、なぜ身体拘束をしないでやっているかについてしっかり把握して、その内実をしっかりと精神医療の人たちや社会に還元すべきと考えます」

厚労省は「野村総研が勝手に人選した」とでも言いたげですが、経緯はともかく非常識な人選であることは間違いないので、委員会メンバーを早急に見直す必要があります。

続いて川田さんは、大臣告示に「治療が困難」という要件を厚労省が付け加えようとしている問題に切り込みました。こんな要件を加えようとする厚労省は、身体拘束をもっと増やそうとしているとしか思えません。ただでさえ診断の科学性が乏しく、主観で暴走しがちな精神科医(精神保健指定医)の裁量がますます大きくなり、「治療のため」という方便の乱発で身体拘束の更なる拡大を招く恐れがあります。

川田さんはこう続けました。

「昨年10月から今年の6月まで、厚労省内での『地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会』が開催されてきました。そこで、厚労省が現行の大臣告示に『検査及び処置などができない場合』を加える提案をしてきました。これは隔離の要件ですが、なぜこのような要件を(身体拘束にまで)拡大することを行ってきたのでしょうか。(中略)現行の大臣告示は、治療概念は要件としていません。新たな要件を加え、広げる改定をなぜするのでしょうか」

厚労省はこう答えました。

「身体拘束の対象患者の要件については限定的に定めるべきものと考えており、対象の拡大を図ることは考えていないということは基本でございます。その上で、身体拘束の対象者の具体的な要件の在り方については、『治療が困難』という言葉を用いるかどうかも含めて、当事者を含む関係者のご意見を丁寧に聞きつつ検討をしてまいりたいと考えております」

体の病気の患者には、治療を受けない選択肢もあります。それなのになぜ、精神科では治療を拒んだだけで縛られたり閉じ込められたりするのでしょうか。精神疾患を放置すると、全員が犯罪者になるとでも思っているのでしょうか。とんだカルト国家です。いびつな強制力によって著しく傷つき、メンタルヘルスをますます悪化させた被害者たちの声に国は耳を傾け、今後の検討に反映させなければなりません。虐げる側ばかりでなく、虐げられる側の声を聞くべきです。

川田さんは、身体拘束に関する徹底調査も厚労省に求めました。

「(国連の)障害者権利条約の(日本に対する)総括所見、ここにおいても『精神科病院での死亡事例や状況について、徹底的かつ独立した調査を行うこと』としています。石川県の身体拘束死の事例は調査しないのでしょうか」

調査をすると、何か都合が悪いことでもあるのか、厚労省はトンチンカンな言葉を連ねるばかりで答えになりません。

「精神病床におきましては、1か月に約2000人の方がお亡くなりになっておりますが、入院患者のうち高齢者の方も多く、身体疾患の治療も併せて行っているという実情もございます。こうした状況の中でご指摘のような死亡状況について調査を行うということについては、調査の実施体制もとより、調査の目的、対象、手法ですとか、既存のデータでどのような内容を把握できるのかといったようなことについて十分な検討が必要になるというふうに考えております。権利条約に基づく勧告につきましては、法的拘束力を有するものではございませんが、厚生労働省といたしましては本年9月に公表された権利条約の勧告の趣旨や関係者の意見等も踏まえながら、精神障害者の一層の権利擁護の確保に向けて引き続き取り組んでまいりたいと考えているところでございます」

厚労省は質問に全く答えていないので、川田さんは同じ質問を繰り返します。

「石川の事例については調査していただけますでしょうか」

誤魔化しきれなくなった厚労省は、やる気のなさを露呈しました。

「精神科病院における死亡事例の調査については全体として先ほど申し述べた通り、調査の実施体制もとより調査の目的、対象、手法等について十分な検討が必要と考えております。石川の事例についてもそのひとつとして考えており、現時点で調査予定はございません」

川田さんは当然、引き下がりません。

「ぜひ調査するべきだと思うんですね。なぜ石川の事例を調査しないのでしょうか。本事例は判決が最高裁で確定して判例時報でも取り上げられて、社会的にも重要な判決です。厚労省で行われていた『地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会』、ここでも厚労省が作成した参考資料に事案の概要と控訴審の判断要旨が配布されています。これに勝る事案はないと思いますが、これを調査しないという理由があれば教えてください」

厚労省は再び誤魔化しモードに入りました。

「本件につきましては、調査という形をするかどうかはともかく、今後の身体拘束の最小化に向けまして、状況の把握はしてまいりたいと考えております」

川田さんは更に続けます。

「ぜひ調査していただきたいと思います。調査をぜひして欲しいのですが、いかがですか」

調査は何としても避けたい意向の厚労省は、苦し紛れにこう答えました。

「状況の把握について、どういう手法が可能かも含めて検討してまいりたいと思います」

いかがですか。このような重要な裁判結果について、判決確定から1年を経た今もなお、「状況の把握」すらしていないなんて、あり得ません。仮にそうならば、厚労省の役人たちは無能の極み、税金泥棒ということになります。

そんなわけはありませんよね。役人たちは、性格はともかく成績は優秀だったはずですから。ならば、「無能」の濡れ衣を着てまで「状況の把握」もこれからだと言い張り、この死亡例の「調査」を避けたがる理由とは一体何なのでしょうか。直視したくない結果が出てくるからなのでしょうか。ぜひ、皆さんも考えてみてください。

参議院厚生労働委員会で、身体拘束問題について質疑を行う川田龍平議員(参議院インターネット審議中継より)