映画「梅切らぬバカ」が「不安の正体」にそっくりだって?!/国連も呆れた現状の根っこにある「理解」の乏しさ

みなさん、こんにピア!!

最近、肩書にフォトグラファー、ビデオグラファー、出版社代表を新たに加え、24時間戦う昭和の男を満喫している編集長の佐藤です。名刺に肩書があふれて名前を入れられなくなりそうです。

さて、加賀まりこさんや塚地武雅さんが出演する昨年公開の映画「梅切らぬバカ」(和島香太郎監督)が、KPメンバーの間でかなり話題になっています。なんでも、「すごく既視感のある映画」なのだそうです。どういうことなのか、これは探らねばなるまい。そこで、ピアスタッフとして精神障害者向けグループホームの世話人を務める田村千秋さんに、この映画の感想文を書いてもらいました。

「梅切らぬバカ」が描いた「不安の正体」

                                 田村千秋

先日、機会があって映画「梅切らぬバカ」を観ました。地域に建つ障がい者向けグループホームと、その周辺に住む地域住民の方たちが描かれていました。

グループホームがあると、周辺の土地の価値が下がるから退いて欲しい。グループホームの住民の暴力が怖いのでなくなって欲しい。このような周辺住民の声が登場します。

鑑賞しながら、私は別の映画を思い出しました。KPメンバーも多く登場するドキュメンタリー映画「不安の正体」(飯田基晴監督)です。グループホームを巡る地域の動きがそっくりなのです。

グループホームの周辺住民は、障がい者の真の姿を知らないがゆえに、障がい者を恐れます。これが「不安の正体」なのだと思います。この2本の映画は、フィクションとノンフィクションの違いはありますが、障がい者がこの地域から出ていくように叫ぶ拡声器や、「(グループホームの)運営反対」などと書かれたのぼりも同じように登場します。

私の勤める精神障がい者向けグループホームの利用者の方たちと、周辺住民の方たちの間には、幸運なことに不和はありません。けれど、この2本の映画を観ると、障がい者が地域で暮らすことの難しさがよくわかります。

それでも、「梅切らぬバカ」では救いが描かれます。主人公である自閉症の男性の家の隣に住む家族が、主人公と時間を共にするにつれて、愛情と理解を深めていくのです。

世間の人たちの障がい者に対する理解は厳しいものがあります。しかし、交流の時間を重ねていけば、障がい者に対する理解は深まるのではないか。「梅切らぬバカ」では、このような前向きなメッセージを映画制作者が伝えているのではないかと思いました。

それに対して「不安の正体」では、グループホームに暮らす障がい者の方が、世間の人に優しくなって、「理解してもらいたい」と訴えていました。精神障がい者が、仮に道でどなっていることがあっても、それは誰にも打ち明けられず苦しくて、寂しいからどなっているのです。地域の方たちには、その方を怖いと思わず優しく見守って欲しい。そういう思いが、「不安の正体」に登場したグループホームの方々の言葉や様子から伝わってきました。

社会の中で誰をも排除しない、孤立させない、という「ソーシャルインクルージョン」の考え方が国際社会で生まれて約40年が経ちました。しかし日本では、障がい者を差別し、社会から排除しようとする流れがまだあります。日本でソーシャルインクルージョンを広めるために欠かせないのは、この2本の映画が伝えているように、地域住民の方たちの「理解」なのだと私は思います。

本当に怖いのは精神障害者よりも、知識不足や体験不足をベースに勝手に恐れる地域住民の方だと私も思います。田村さんが書いたように、ソーシャルインクルージョンは日本では絵に描いた餅です。先ごろジュネーブで行われた国連の障害者権利条約対日審査でも、この点が厳しく指摘され、9月9日、総括所見が示されました。

精神障害当事者会ポルケのサイトなどから日本語の仮訳を読めるので、ぜひ目を通してみてください。

https://porque.tokyo/2022/09/09/crpd-2/

KPは映画「不安の正体」の上映会を、9月22日午後6時半から、ヘイト幟旗の地元・横浜市都筑区の都筑公会堂で行います。参加費は無料です。当日、直接会場にお越しください。

それではまた、ケイピー!!