精神科医・斎藤環さんの「開かれた対話の力」/統合失調症もオープンダイアローグで次々改善/半信半疑から確信に至った劇的効果

幻聴や妄想が悪化して混乱状態に陥った急性期の統合失調症患者に対して、精神医療の現場(精神科救急など)で通常、真っ先に行われるのは鎮静です。薬物、隔離、身体拘束などの手段を用いて、まずは「黙らせる」のです。

こうした強制力は患者の心に更なるダメージを負わせますが、そんなことはお構いなしです。なぜなら医療者の多くは、急性期の統合失調症患者には何を言っても通じないと思い込んでいるからです。

患者を早く落ち着かせることが回復を早め、入院期間の短縮につながるとの考えのもと、身体拘束も横行しました。早く落ち着かせることは大事でも、一方的な力で押さえつければ反発を招き、禍根を残すことは誰でも分かりそうなものですが、「医療と名乗れば何でもできる」精神医療の現場では、こうした常識が度々吹っ飛びます。

こんな目も当てられない状況下で、急性期の統合失調症患者をオープンな対話の力で劇的に良くする手法が日本でも紹介され、注目を集めました。フィンランド発のオープンダイアローグです。普及活動に尽力する精神科医の斎藤環さん(オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表)は、こう語ります。

「オープンダイアローグは、2013年に公開された映画をきっかけに日本でも知られるようになりました。来年でもう10年になります。この間、様々な書籍が出版されたり、ODNJP(オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン)の活動が進んだりしました。一過性のブームで終わらず安心しました」

「オープンダイアローグは医療としては異端ですし、従来の精神医療の考えとは反発する要素を含んでいます。そのため、医療現場のアレルギー反応は凄いと予想していました。実際、フィンランドでも発祥のケロプダス病院があるトルニオが町ぐるみで取り組んでいる以外は、広まっていません。しかし、日本では意外なほど受容されました。世界の中で最も、精神医療の専門家や大学関係者が高い関心を示している国だと思います」

オープンダイアローグは、1984年にケロプダス病院で生まれました。「患者本人がいないところで、その人の治療方針を決めない」という大原則のもと、苦しい症状が表れて混乱する患者の家に医療者(医師、看護師、心理士ら)が駆けつけ、家族や友人らも交えてオープンな対話をほぼ毎日繰り返していきます。

その対話の最中に、医療者同士が患者の症状などについて感じたことを話し合い、それを患者が客観的に聞くという場面(リフレクティング)も設けられます。こうした「開かれた対話」から生まれる相互作用によって、患者の症状は短期間で劇的に改善していくのです。そこにあるのは、人間同士が理解し合うためのオープンで対等な対話であり、「あなたのためよ」と称する上から目線の抑圧はありません。

フィンランドでオープンダイアローグを導入した地域では、統合失調症患者の入院治療期間が平均19日に短縮。服薬が必要となる患者は35%にとどまり、予後調査での再発率は24%(通常治療では71%)と目覚ましい成果を上げたのです。オープンダイアローグの場合、再発してもまたオープンダイアローグを行うことで、早期の回復につながることも知られています。

これほどの成果を上げれば世界が注目するのは当然ですが、日本で特に関心が高いのはなぜなのでしょうか。日本の精神医療の質の低さが関係しているのでしょうか。現状を何とかしなければいけないという思いが医療者の中にも強く、それが関心の高さにつながっているのでしょうか。

「特に関心が高いのは日本とポーランドです。どちらも精神医療が遅れた国で、人権を侵害する事件も多い。あまりにも遅れているがゆえの関心の高さでしょうね」

「関連書籍の安定した売れ行きを見ると、やはり専門家も忸怩たるものがあったのだと思います。(診療報酬などの様々な制約があって)今はできないけれど、本当はもっとちゃんとしたことがしたい、という潜在的な熱は感じます。日本の医療者の良心も、ある程度は期待していいんじゃないでしょうか」

オープンダイアローグを日本で実践するにあたり、斎藤さんはまず、フィンランドで劇的な効果が出ている統合失調症の患者ではなく、ひきこもりの人を対象としました。なぜなのでしょうか。

「当初、ひきこもりの人を対象にしたのは、『対話で統合失調症は治ります』と言っても、日本の精神科医は信用しないと思ったためです。ひきこもり支援なら、家族も巻き込むので有効ではないか、という反応があったので、受け入れられやすいだろうと考えました。ところが驚いたことに、日本でも統合失調症に一番有効だと分かったのです。オープンダイアローグによる変化の幅が一番大きく、幻聴も消えてしまうレベルの高い有効性を示しました。薬物療法以上に有効だったのです。しかも、時間もかかりません。私は今、還暦ですが、これほどの新しい臨床経験ができるとは夢にも思っていませんでした。新鮮な驚きと好奇心とワクワク感を持てたことで、非常に感謝しています」

「しかし、私の現在の臨床現場は大学病院と外勤先のクリニックです。そのため申し訳ないのですが、要望を受けてすぐに対応できる状況ではありません。これまで主に対応してきたのは、他の病院で治療したけれど全然良くならず、藁にもすがる思いで来られた統合失調症の人たちです。すると、こちらが思う以上に有効だったのです。当初は私も半信半疑でした」

「これは日本に限りませんが、ほとんどの精神医学の教科書に『統合失調症はカウンセリングや精神療法では対応できず、薬物療法か電気ショックか入院療法しかありません』と断定的に書いてあります。99%の精神科医はそういう教育を受けていますから、自分もそのドグマのもとでずっとやってきて、なかなか抜けられませんでした。統合失調症は精神疾患の中でも特別な病なので、薬物を使わないと解決するはずがないと考えていたのです」

斎藤さんが現在対応しているのは、上述のように慢性期の患者ですが、オープンダイアローグの真骨頂でもある急性期の患者に対しても、他の医療機関で対話の実践が始まっています。

「急性期には対話など不可能だと多くの精神科医は思い込んでいますが、対話はできます。統合失調症の患者さんは、支離滅裂で思考障害があって、まとまりがなく対話は到底成立しないという思いこみを、精神科医は植え付けられてきました。これは間違いです。近年、統合失調症は新規発症が減っています。急性期でも軽症化していて、対話が通じない人はほとんどいません」

「一部の精神科救急のドクターがオープンダイアローグに興味を示し、実践が始まっています。医療観察法病棟でも応用している所があります。民間精神科病院でも取り組み始めた所もあり、実践の輪が広がってきていると感じます」

では、オープンダイアローグを更に広めるためにはどうすればよいのでしょうか。

「やはり実践のエビデンスを重ねていくしかないと思っています。最近はリモートでの対話実践も行って成果が出てきています。また、トレーニングコースを定期的に開催して、実践できる人を増やしていく。幸いなことに日本では、ODNJP以外の場所でも自主勉強会が広がっています。その一方で、やり方を踏襲しないでやったがために、失敗例が出るという展開は困ります。リサーチと臨床実践と啓発活動、この三本柱でやっていくしかないと思っています」

オープンダイアローグの対話技術は、家庭で取り入れても役立ちます。ODNJPのサイトには無料で見られるオープンダイアローグのガイドラインも掲載されているので、これを活用できます。

「ご家族からよく、『どこ行けばオープンダイアローグを受けられますか』と質問されます。そんな時は、『まずはガイドラインなどを参考にご自分たちでやってみてください』と答えています。結局、対話の実践は家に持ち帰って初めて有効になりますので、人任せにしないでご自分たちで始めてください、とお伝えしています。そのための手法がガイドラインに全部書いてありますから、これを参考にして、まずは家での会話が対話であるようにして頂きたいと考えています」

この「対話」という所がポイントです。最初から結論ありきの説得や議論は、会話であっても対話ではありません。「対話をすること自体が対話の目的です。相手が変わることを目指すのは対話ではありません。治療の成果は、あくまで対話の副産物です」と斎藤さんは強調します。

患者や家族とのオープンで対等な対話の実践によって、精神科医も成長していきます。斎藤さんが考える良い精神科医とはどんな人なのでしょうか。

「まず、『価値観の押し付けをしない』ということ。そして、『ヒエラルキーを否定する』。つまり、医者が偉くて患者さんが下になるということの否定です。更に、『専門性を振りかざさない』ということ。そうした要素がすごく重要です。オープンダイアローグの考えは、この条件をすべて満たしています」

「患者さんの話を聞く時、『それは幻聴ですね』とか、『被害妄想ですね』とか、レッテルを貼らずに聞く姿勢が必要ですし、『望まない処方はできるだけしない』ということを考えて頂きたいと思っています。そういった一番基本的なことが、まず大事かなと思っています」

医者と患者との間に生じるヒエラルキーを否定し、平等な「対話」の力を信じるオープンダイアローグが全国津々浦々に広まれば、精神医療の質は劇的に改善するはずです。その日はいつやって来るのでしょうか。

「率直に申し上げて、私は、それは無理だと思っています。フィンランドですら無理なのですから。今の医療は、圧倒的にバイオロジー(生物学)なのです。精神科医は、どうしても内科医のように振舞いたいんですよ。その欲望がある限り、バイオロジーは捨てられないと思います。精神科医は、今さら心理士やカウンセラーのようなことはしたくないのです。内科医のように正しい診断をして、正しい治療をすれば治る、という幻想をなかなか捨てられません」

「私は、それは間違っていると思いますが、多くの精神科医はこれ以上、三流の内科医的な立場でいるのは耐えられないので、自分達を一流の内科医に近いものと言いたいのです。一種の屈辱感を持っていると思います。この発想はなかなか変えられないだろうと思います」

「診断は、正直どうでもいいのです。あらゆる症状は困りごとですから、困りごとを分類しても仕方ない。しかし、医学の世界には正しい診断があり、それに沿った治療をするのが当然という考えがあり、DSMなどの診断基準がそれを補強します」

「世界中の学者が50年以上も研究してきて、いまだに統合失調症もうつ病も、発達障害すらもバイオマーカーがないのです。こんなに研究しても見つからないということは、もう無理だと私は思います。無理なことをやらなくても、オープンダイアローグの手法で治療できるわけですから、バイオロジカルな探求ばかりに汲汲としていないで、もうちょっと精神療法の力を信じてもいいのではないかと、最近の経験から思い始めています」

「ですから、私は爆発的な普及については懐疑的ですが、ひとりでも多くの患者さんがオープンダイアローグを保険診療で受けられるように、エビデンスを国内でも蓄積しないといけません。海外のエビデンスは結構出ているのですが、日本でもエビデンスが必要だというのは厚生労働省の方針ですから、日本人向けのエビデンスを積み上げていく必要があります」

精神医療の根底には、人間に対する信頼や、人間を理解したいと思う情熱がないといけないと私は思います。しかし、科学は万能だという誤解がはびこる現代社会の中で、バイオマーカーすらない症候群に対しても仮説に基づいた不確かな薬が断定的、高圧的に投じられ、かえって症状悪化や副作用に苦しむ人が目立っています。

未熟なバイオロジーに基づく薬の効果は、あっても限定的です。多くの精神症状は強いストレスや孤立によって悪化するのですから、社会とのつながりを取り戻す対話こそが一番の薬になるという当たり前の視点を、精神医療の根っこに据え直すべきではないでしょうか。

オープンダイアローグを実践する斎藤環さん(2022年5月、筑波大学)