精神科医・張賢徳さんの「うつに殺されないために」④/「もう死にたい」人にどう対応すればいいのか?

「もう死にたい」。家族や友人から、いきなりそう打ち明けられたらどうしますか。

精神科医を30年続ける日本自殺予防学会理事長の張賢徳さんでも、「診察室で急にそんなことを言われたらビビってしまう」と言います。しかし、すぐに冷静さを取り戻すことができるそうです。なぜなら、「そう言われた時、対応する秘訣を知っているから」。その秘訣を教えてもらいました。

まずは、良くない返し方から。「何を馬鹿なことを言ってるの!」。これはダメ。なぜなら、「『死にたい』という気持ちは、『今から死にます』という宣言ではありません。『死にたい』という言葉の中身や背景はつらさなのです。つらいから『死にたい』という言葉が出ているのです。そこを理解しないといけない」と張さんは語ります。

「『死にたい』と言われたら、それを『死にたいほどつらいんだね』と自分の中で翻訳して、そういう言葉を返してあげる。『そんなことを言うなんて驚いた』という気持ちは伝えていい。その上で、『そんなにつらかったんだね』と言うところから始める。シュナイドマンは、こうしたつらさを『精神痛』と表現しました。『死にたいほどつらい』という心のSОSなのだと理解することが大事です。そこから『何があったの』と傾聴を始める。これが正解です」

傾聴も、ただ漫然と聞くだけでは不十分だと張さんは言います。

「傾聴ではまず、ひとしきり話を聞いて、全体像を把握します。その上で、『こんな見方をしてはどう?』、『ここに相談してみてはどう?』と提案してみます。それにのってくれば解決の糸口は見えてきます。でも、『ダメだ』の一点張りだったら要注意です」

「解決の糸口が見えそうもない時は、死にたい気持ちがどれくらい切迫しているのかを評価します。バリバリのうつになっているかどうかを見極め、自殺の危険性がどれくらいあるのか確認するのです。睡眠、食欲、希死念慮や悲観思考の強度、マイナス思考の強さ、などが確認のポイントです」

「妄想のレベルが強くて、訂正不能の誤った考えを抱いている場合(考え方の極端な視野狭窄が進んで周囲の言葉に全く耳を貸さないような状態)は、すぐに医学的治療を始めないといけません。不安焦燥がかなり強い、考え方が混乱している、時系列で話せない、などの場合も放っておけません」

「そのような時は、話を聞いている最中も、とにかく生につなぎとめます。『あなたが死んでしまったら家族が悲しむ』と言うのが通常ですが、中には家族とうまくいっていない人もいます。それならばペットなどでもいいので、『あなたが死んでしまったらペットの世話を誰もできなくなる』などと言って、生につなぎとめることに焦点を当ててください。こうした言葉を挟み込みながら、傾聴を続けていきます。そして、入院を含めた医学的な治療につなげます。次へのつなぎを考えるのがゲートキーパーの大事な役割になります」

「自殺の手段や計画を、具体的に考えている場合も危険です。『もしかして、自殺の方法とか準備しているの?』などと、知りたい情報をしっかり尋ねて評価することが大事です。例えば、決行を考えている場所などを聞きます。尋ねても大丈夫です。聞くことで自殺が誘発されることはありません。つらいからそうなっているわけで、最後の最後まで悩んでいるのです。だから、いろいろ聞いてくれる方がいいのです。『死にたい』とは言わないものの、明らかにつらそうな人に対して、『もしかして死にたいと思っている?』などと尋ねても大丈夫です」

「遺書は、書いていないからといって安心できません。遺書を残す人は4割くらいと言われているからです。遺書を書いたと明かした人には、誰宛に書いたのか尋ねてください。その人がキーパーソンだからです。何かを言いたい人の名前が書かれています。その人が問題解決の大きな糸口になります」

自殺を考える人の心の中は、絶望感に満ちています。しかし、絶望という捉え方は大雑把過ぎて、周囲はどう働きかけたらよいのかわかりません。「未来に希望を持とう」「きっと明るい未来があるさ」などと言っても、白々しいだけです。張さんは「絶望の中身を見ないといけない」とし、その中身とは「疎外感とお荷物感」だと語ります。

「疎外感とお荷物感は、アメリカの心理学者ジョイナーが最近の研究で指摘しました。自分がどこにも属していない疎外感と、周囲のお荷物になっているのではないかというお荷物感が、自殺行動に関係するというのです。これは私の経験からも納得できます。この疎外感とお荷物感こそが、絶望の中身ではないかと私は考えています」

疎外感とお荷物感は、周囲のサポートを充実させることで緩和できるはずです。しかし、明らかに病的なスイッチが入ったかのような時は、周囲の声も心に届かないので、適切な医療につないで自殺の危険を回避することが必要になるでしょう。ただし、不適切な投薬や安易な行動制限など、質の低い医療につなぐと絶望感をますます強める結果になるので要注意です。

「疎外感やお荷物感は、うつ病の時に特に強くなります。これは明らかに、脳の中で自殺を引き起こすような良くない変化が起きている状態ですから、薬による治療を含む医療の関与が必要になります。それでうつ症状が和らぐと、過剰な疎外感やお荷物感も減っていきます」

もちろん、適切な医療につなげても防げない自殺はあります。「医療につなげたから安心」ではなく、周囲の継続的なサポートが欠かせません。

ですが、周囲の人たちも無限に時間を割けるわけではありません。傾聴が長引いた時、どうやって話を終わらせればよいのでしょうか。

「傾聴をひとまず締めくくるには、『何がどうなればいいですか』、『何がどうなればあなたは自殺せずに済みますか』などの問いかけをします。傾聴して、その人の全体像がわかり、解決法がいくつか浮かんできたら、こちらが考える正解を言う前に、本人に考えをまとめてもらうのです。最終的には、本人の問題として取り組んでもらわないといけないので、何がどうなればいいかな、という問いかけはすごく大事です」

「この問いかけに対して、取りつく島もない人は混乱状態が起きているので、放置してはいけません。そうでなければ、本人の中の一番大きな問題に行きつきます。役立ちそうな相談機関を紹介したり、改めてその問題を一緒に考えるための約束をとりつけたりして、傾聴をひとまず終えてください」

2年を超える世界的なコロナ禍は、徐々に落ち着く気配をみせています。ですがそのような時期は、うまく立ち直れない人たちの疎外感やお荷物感が強まる時期でもあります。コロナ禍による自殺を防ぐ対策は、これからが正念場と言えるのではないでしょうか。

2022年も著名人の自殺が続いています。悲報が伝えられる度に、関係者の「まさか」「信じられない」などのコメントが大々的に報じられます。しかし、精神的に健康な状態から、いきなり自殺したとは考えにくく、これまで紹介してきたように、ほとんどの自殺の背景には、うつ病を中心としたメンタル不調があることがわかっています。健康な精神状態であれば、死への恐怖や死ぬ時の痛み、周囲への迷惑などを考えて自殺を踏みとどまれるのに、うつ病を中心とした精神疾患が、発作的な自殺行動を防ぐための心のストッパーを外してしまう。そのように思えてなりません。

無責任なマスコミが、著名人の生前の様子を根掘り葉掘り探り、勝手な推論を導き出して騒ぐ行為は害悪でしかありません。しかし、専門家による継続的な自殺研究は必要です。人はなぜ自殺するのか。年間2万人以上が自ら命を断つ国に暮らす私たちは、「なぜ」という問いと、もっと真剣に向き合う必要があります。