ソーシャルファーム・富澤泉さんの「特性生かす餃子店」/自らの障害を生き抜く力に転換

2022年2月2日、坂梨カズさんが総監督を務める西武渋谷店A館8階ダイニングプラザ「偏愛食堂」で、福岡の餃子専門店・黒兵衛が期間限定の食堂営業(2月14日まで)を始めました。この店の餃子が以前からお気に入りの私は、初日のランチタイムに訪問し、代表の富澤泉さん(56)と久しぶりに再会しました。障害を持つ人たちが作る黒兵衛の餃子は、餃子激戦区・福岡で20年以上も愛されています。

「障害者の特性を生かす」。発達障害などの支援の現場では、そんな言葉が飛び交います。しかし、大抵の支援者は口先だけなので、具体的な動きにつながることは稀です。

「どこかに模範的な取り組みはないものか」。5年前、取材先を探していた私が知人の紹介で見つけたのが、ソーシャルファーム(社会的企業)の先駆けでもある黒兵衛でした。すぐに福岡に飛び、読売新聞朝刊連載「医療ルネサンス」の特集「精神疾患と生きる」で記事にしました。

富澤さんは、45歳でADHDと診断された発達障害の当事者です。しかし、診断を受けるずっと前から、「こだわりの強さ」や「鋭敏な味覚」という自身の特性に気づき、商売に生かしてきました。福岡市南区に餃子専門店を開いたのは1999年3月。素材となる肉や野菜の品質へのこだわりは人一倍で、納入業者が勝手に産地を変えても鋭い味覚で見逃さず、すぐに指摘して品質維持に努めてきました。

精神疾患のある人たちの雇用も、積極的に進めました。自身の経験から、「特性は仕事に生かせる」と確信していたからです。

「私は若い頃、自閉症の子どもたちの施設で働いていました。彼らの就職先を見つけるため、近隣の企業に飛び込み訪問をした時、言われたのが『障害者が働けるはずがない』。その言葉が胸に突き刺さり、『ならば私が、障害があっても社会で立派に働けることを実証する』と心に決めました。そして店を開き、障害のある人たちの雇用を始めました。現在は精神疾患の人を3人、自閉症の人を1人雇っています」

自閉症を持つ堀光輝さん(49)は、黒兵衛で働いて約20年になります。言葉をうまく話せませんが、並外れて几帳面な特性が仕事に生きています。タレの調合量やパック詰めの餃子の数などを絶対に間違えないのです。当初は、店内で挨拶しない堀さんに戸惑う客もいましたが、富澤さんが事情を説明すると理解して、常連になってくれました。

「自閉症などの重い障害があると、親は心配して外に出すのをためらいがちです。しかし、人は人と交わらなければ成長できません。自閉症の人も働けます。働くうちに理解力なども高まっていきます。堀さんは、まさにそれを実証してくれました。最初はできることから始めて、自信をつけると出来ることが自然と増えていきます。例え失敗しても、乗り越えられるようになります。そしてますます自信を深め、ますます元気になっていきます。お客さんとも親しくなり、地域の理解も深まっていきます」

富澤さんには聴覚過敏もあります。そのせいで子どもの頃は、騒々しい学校にいるのが苦痛で、帰宅すると疲れ果てて押し入れに閉じこもる毎日でした。大人たちはその苦しさに気付かず、「もっと友達と遊びなさい」「このままだと立派な大人になれないよ」などの酷な言葉を浴びせました。それで自己肯定感を削がれていたら、今の富澤さんはなかったかもしれません。しかし、「多動」という名の「好奇心」や「チャレンジ精神」が救ってくれました。

富澤さんは今、ソーシャルファーム事業に理解のある東京都の支援事業を活用し、23区内に新たな餃子専門店を作る計画を立てています。西武渋谷店での期間限定出店は、そのための試験的な試みでもあります。福岡の店舗を拡大するため、クラウドファンディングにも取り組んでいます。

「黒兵衛では、障害者総合支援法に基づく福祉就労の場を提供するのではなく、ふつうの民間企業として障害者を継続雇用し、戦力としてその力を生かしてきました。これからも、障害者の更なる雇用創出を目指したいと思っています」

障害を力に変える富澤さんのチャレンジは続きます。

黒兵衛のホームページはこちら。 https://kurobee.com/

福岡の食材を生かした餃子ランチと富澤さん(西武渋谷店ダイニングプラザ「偏愛食堂」で)