不動産屋のおばちゃん・阪井ひとみさんの「住まいが大事」② 入居者が元気になる「サクラソウ」が話題に/よるカフェでも「ひとぐすり」生かす

2022年1月半ば、KPは精神疾患のある人を対象としたアパート見学会を横浜市内で開催しました。その半年ほど前の2021年夏、岡山で阪井ひとみさんと会って刺激を受けたメンバーが中心となり、以前から付き合いのある不動産会社と連携して実施したのです。近くの福祉事業所に通う人たちが見学に訪れました。

この物件は、ある会社が社宅として借り上げていました。しかし、コロナ禍の影響で経営状態が悪化して社宅を廃止することになり、ほとんどの住民が転居してしまったのです。前回もふれたように、このような空き物件は全国にたくさんあります。それでも、精神疾患を持つ人の家探しは楽になりません。

精神疾患の人=トラブルメーカーではありませんし、精神疾患ではないトラブルメーカーはごまんといます。それなのに、精神疾患の人たちばかりが忌み嫌われ、排除されるのです。これはヘイトスピーチそのものであり、極めて悪質ないじめです。「思考のゆがみ」や「不安の暴走」という観点からみれば、こうした排除を行う側こそが、リアル精神疾患なのかもしれません。

住宅難民たちの家を確保するため、阪井さんがとった戦術は大胆でした。交通の便のよい綺麗なアパートを1棟買い上げて、精神科病院を退院した人たちに次々と貸し出したのです。そして入居後も、定期訪問や専門職による支援を続けました。

アパートの名はサクラソウ。入居者がどんどん元気になるので話題となり、新聞やテレビでも取り上げられました。私も、読売新聞朝刊の連載「医療ルネサンス」に記事を書いたことがあります。

阪井さんは、見学者などに配布する自己紹介文の中で、サクラソウについて次のように書いています。

「サクラソウでは入居者たちが自分でルールを作り、お互いをわかりあって生活しています。夕方になると、たくさんの住民が1階の談話スペースに集まってきます。このスペースは、一人で部屋にいたくない人がみんなと話をして、困ったことや病気のこと、職場のこと、友人のこと、家族のことなど、自分が話したいことを誰かに聞いてもらいたい時に、色々なお話ができる空間です。コロナ禍で談話スペースは一時撤去しましたが、落ち着いたら再開する予定です」

「精神障害者が苦しむ幻聴や妄想も、サクラソウではみんなで支え合って乗り越えています。私にはわかりませんが、彼らは似た境遇にいるもの同士、どんなに苦しいかお互いにわかっています。このため、幻聴が始まった様子に気づいた人が、同じアパートの住人に知らせたり、私に教えてくれたりします。そのおかげで、病院や訪問看護ステーションなどへの連絡が早くできるので、我慢して体調が悪くなって事故を起こし、長期入院や閉鎖病棟に入院することがなくなりました」

「入居して1か月もすると、自分で掃除や洗濯をし始め、食事を作るようになった人や、簡単な金銭管理を自分でできるようになった人もいます。毎日、お小遣い帳への記入も欠かしません。自分らしい生活がひとつひとつでき始め、B型事業所に通い始めた人もいます」

「妄想などのため家族と離れ一人暮らしだった人が、家族と一緒に住み始めたケースも出てきました。病気が良くなって、一度離婚していた家族が復縁したケースもあります。パートナーを見つけて結婚された人もいます。お化粧や服装に気をつかったり、昔好きだったからとローカル電車で旅に出たり、ボランティアに参加したり、絵を描きに行く人さえ現れました」

「サクラソウの入居者たちは、他人からいつも支えてもらうだけではなく、誰かに手を差し伸べることさえでき始めました。自分が人の役に立つということの喜びを感じてくれているようです。この光景を見ると、私までうれしくなります」

阪井さんの活動は、住宅提供だけにとどまりません。精神疾患の人たちが抱く「会社で働きたい」という思いを叶えるために、イベント事業などを手掛ける「株式会社かいしゃ」を立ち上げました。長期の継続的な仕事は難しい人でも、単発のイベントであれば力を発揮できることが多いので、様々なイベントのお手伝いを事業の中心に据えることにしたのです。「働く人が持てる事業所名が入った健康保険証を再びもらった時の(精神疾患の人たちの)笑顔が私は忘れられません」と阪井さんは語ります。

また、孤立しがちな精神疾患の人たちは、週末やクリスマス、年末年始などの夜、周囲の家々が家族のぬくもりに包まれる時に症状が悪化しやすいと気づいた阪井さんは、2016年、岡山大学病院に近い古民家を改装して、週末や祝日の夜に開く「よるカフェ うてんて」を始めました。どうしようもなく寂しくなった時、ドリンク1杯100円で仲間と語り合える「ひとぐすり」の場を提供したのです。

この年のクリスマスイブの晩、私はここで阪井さんと過ごしました。近くに住む人たちが差し入れを持って訪れて、ホンワカした空気の中で話に花を咲かせます。「以前は苦しくなったら病院に行って、そのまま入院になることもありました。でもここができてからは、入院せずに済むようになりました」と語る女性もいました。私にとっても、忘れられぬ温もりに満ちたクリスマスイブになりました。

その後、建物が老朽化した「うてんて」は建て直され、2021年春に新装オープンしました。コロナ禍のため、まだ十分に活用されていませんが、いずれまた、夜にお邪魔したいと思っています。

精神疾患がある人たちのために、体もお金も張れる阪井さんのような人が各都道府県に1人でもいてくれたら、日本はもっと住みよい国になるに違いありません。資金力に乏しいKPではお金は張れませんが、阪井さんの活動に少しでも近づけるように、話を聞くだけの「人権相談」にとどまらず、住宅確保などの具体的な取り組みを進めていきます。

KPが1月に開催したアパート見学会