不動産屋のおばちゃん・阪井ひとみさんの「住まいが大事」①/入居支援続けて20年/公営住宅を保証人不要に変える

精神疾患の患者をサポートする仕事は、日本人の“心の冷たさ”と向き合い続ける苦行でもあります。

「いや、そんなに自虐的になってはいけない」

「他の国だって似たようなものではないのか」

そう考えて気を紛らわそうとしても、国際的な調査が不名誉な現実を突きつけてきます。

イギリスにある「チャリティーズ・エイド・ファンデーション」(CAF)が、2009年から毎年続ける「World Giving Index」(世界人助け指数)調査。2021年に発表された最新版では、114か国12万人超の電話インタビューをもとにデータ分析が行われ、日本人は世界一人助けをしない国民(114か国中、114位)とされました。

この総合順位は、インタビュー時点までの1か月間に、「見知らぬ人や、助けを必要とする人を助けましたか」「寄付をしましたか」「ボランティアをしましたか」という3項目の質問をもとに算出されました。日本人は「寄付」では107位、「ボランティア」では91位と、赤点ながら最下位は免れたのに、「人助け」がダントツのビリで足を引っ張ったのです。

自分と何らかのつながりがある人は助けても、見知らぬ人はどうでもいい、という国民性なのでしょう。まさに、日々の障害者支援活動で我々が感じる冷たさそのものです。

こうした現代日本人の薄情さは、簡単には変わらないと思います。性善説に基づいて、障害者への「理解」を求めてもだめなのです。身内や関心のある人に向ける良心や温かさはあっても、アカの他人に向ける良心や温かさはないのですから。

であるならば、精神疾患の患者たちが自ら声を上げ、見て見ぬふりをする社会の中に飛び込んでいくしかありません。もっと身近な存在になることで、多くの日本人が振り向かざるを得なくさせてしまうのです。KPやOUTBACKアクターズスクールは、そのために活動しています。

前置きが長くなりましたが、本題に入りましょう。精神疾患のある人たちへの日本社会の冷たさを象徴するのが、住まいの問題です。人口減に突入した日本には、既に約850万戸もの空き家(賃貸住宅の空き部屋は430万戸超)があります。しかし、精神疾患で長く入院していた人たちは、一人で暮らせる状態になっても、部屋をなかなか貸してもらえません。そのせいで、退院できない人が多くいます。

私が最近知り合った50代の男性は、数年前、「いつ退院できるのでしょうか」と主治医に尋ねたところ、こう返されたそうです。「私には分からないから、不動産屋に聞いてください」。笑い話のような、本当の話です。

ですが、捨てる神あれば拾う神あり。数は少ないものの、日本にも見知らぬ人たちを懸命に助けようとする人たちがいます。岡山市で不動産業を営む阪井ひとみさんも、その1人です。約20年前、部屋探しが難航する患者と出会ったことをきっかけに、精神疾患の人たちの窮状を知り、支援活動を開始しました。今では、精神疾患の患者でも入居可能な物件を600~700戸も確保しています。阪井さんは、活動を始めた頃の岡山の状況を、こう振り返ります。

「私たちが部屋を探す時は、色々な部屋を不動産屋に紹介してもらい、実際に見て気に入った部屋を選びます。しかし、精神障害がある人は、不動産屋で入居申し込みを断られることがほとんどでした。部屋を見られたとしても、選べるほどの数は紹介してもらえません。不動産屋から『部屋があるだけでも有り難いですよ』と言われ、薄暗い北向きの部屋、窓のない部屋、修繕されていない部屋、などの劣悪な物件を紹介され、契約を急かされます。中には、それまで安価で貸していた部屋を、生活保護受給額の最高額にまで引き上げて貸す悪質な大家もいました」

「このような状況のため、本当は自分ひとりで生活できるのに、グループホームや施設に入所せざるをえない人が少なくありませんでした。ようやく自由のない病院から解放されたのに、再び、あまり自由のない施設に入るしかなかったのです」

阪井さんは、NPОなど複数の支援組織を立ち上げました。そして、医師や弁護士、行政関係者らも巻き込んだ多職種連携を駆使しながら、退院支援や入居支援などを続けました。精神科病院に約50年間も入院させられた70代の女性も、阪井さんの支援で自由を得た患者の1人です。女性は症状の重さではなく、家族や親族の「世間体」を守るために、半世紀も幽閉状態に置かれました。

やっと退院できた女性は、浦島太郎状態を脱して地域に溶け込みました。しかし、気になる行動が1つ表れました。近所のコンビニに毎日5回、6回と行くようになったのです。その度に、少額の買い物をします。心配した阪井さんが「一度に買えばいいじゃない」と言うと、女性はこう答えました。

「買い物をする度に、店員さんが『ありがとうございます』と感謝してくれます。そんなふうに言われたことがなかったので、うれしくて何度も行ってしまうんです」

女性はその後、家族によって再び入院させられましたが、この家族が亡くなったことで、自由な暮らしを取り戻すことができました。

阪井さんが紹介する物件の家賃は、障害年金でも払える月額3万円台後半が中心です。入居後の生活全般の支援も怠りません。こうした取り組みに賛同する不動産会社や大家が次第に増え、岡山では、精神疾患患者の家探しのハードルはだいぶ下がっています。

阪井さんたちの活動実績と働きかけによって、岡山県、岡山市、倉敷市では、公営住宅に住む際の保証人が不要となる変化も生まれました。家の確保が困難な人のためのセーフティーネットでもある公営住宅が、「保証人がいない」という理由で入居を拒むのは、そもそもおかしかったのです。

しかし、現在も他県では相変わらず、多くの精神疾患患者が住宅難民となっています。

(続く)

住宅支援に長年取り組む阪井ひとみさん。管理する「精神資料館」に座敷牢を再現した(2021年7月、岡山市内)