神奈川県の630調査公開拒否問題でKP稲川さんが寄稿/発行40周年の情報紙「おりふれ通信」から全文転載

630調査の情報公開請求を担当したKPボランティアメンバーの稲川洋さんが、経緯をまとめた文章を「おりふれ通信」(2021年6月号)に寄稿しました。「おりふれ通信」は、「精神医療をよくしたい」というこころざしのもと、長く発行されている情報紙(年間購読2000円)です。今年4月発行の400号で40周年を迎えました。編集を担当する木村朋子さんの快諾を得て、稲川さんの寄稿文を転載します。なお、情報公開を巡る神奈川県との交渉は、7月14日現在、継続中です。

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「ゼロ」からの再出発

〜神奈川の630調査情報公開請求〜

神奈川精神医療人権センター 稲川洋

(以下の原稿を提出した直後に、神奈川県の担当課から「全面不開示を見直し、部分開示の方向で再検討したい。」との電話がありました。既に審査請求も提出した後で、このような方針変更の連絡があるのは異例のことでしょうが、当面は県庁内の再検討の結果を待ちたいと思います。ただ、部分開示の内容も現時点では全く分かりませんし、一旦は全面不開示という決定が通知され、審査請求まで行ったことは事実なので、原稿は書き換えずに掲載していただきます。その点をご承知おき下さい。)

ちょうど1年前に発足したばかりの神奈川精神医療人権センター(以下「KP」)では、630調査についての初めての情報公開請求を行いました。それに対する神奈川県からの答えは、全くの「ゼロ」でした。神奈川県民としては誠に腹立たしく、また他都府県の方々に対しては恥ずかしい限りですが、この際、恥をしのんで以下にご報告します。

1.「東京精神病院事情」との出会い

本題に入る前に私ごとで恐縮ですが、私の家族が精神疾患を発症した20年余り前、医療機関の情報が全く得られず、保健所などからの助力も得られないまま、孤立無縁の状態にありました。その頃、ふと見つけたのが「東京精神病院事情」(何年版かは覚えていません)でした。残念ながら神奈川県の住民である私には、この本による直接的な成果は得られませんでしたが、このように患者や家族の立場に立って書かれた本があるのだということは半ば驚きであり、干天に慈雨の思いでページを繰ったことを覚えています。どんな人たちがこういう本を書いているのだろう、なぜ神奈川県版がないのだろう、という疑問が長らくありましたが、その疑問が最近になってようやく解けました。1読者として、出版に当たってこられた皆様に感謝申し上げます。そして、神奈川県民にも役に立つ情報を何とか得たいという思いから、630調査の情報公開請求に携わることにしました。

2.神奈川県などへの情報公開請求

去年の暮れから今年の初めにかけて、神奈川県と横浜、川崎、相模原の3つの政令指定都市、それに南関東で「人権センター」のような組織がない千葉県と千葉市の、合わせて6つの自治体に、2019年(神奈川県内は2018年も)の630調査の情報公開を請求しました。結果は、各自治体とも個人情報保護などを理由に、ほとんど黒塗りだらけの開示が行われました。

中でも極め付けは神奈川県で、「公開拒否決定通知」という、全面拒否を告げる1枚の紙切れが来ただけでした。拒否の理由は、日本精神科病院協会が2018年10月に出した「個人情報保護に必要な措置が行われない場合は、630調査への協力を再検討する。」という声明文と、厚生労働省が同年の630調査の際に添付した「個々の調査票の内容の公表は予定していない。」とする通知文を根拠に、「情報公開すると今後の630調査に対する病院側の協力が得られなくなる。」というものです。ある意味では一昨年あたりに行政側で流行した630調査の不開示理由を凝縮したような内容でした。

たしかに2018年の630調査については、開示を拒否する自治体が相次いだようですが、2019年以降は、東京都や大阪府をはじめ、多くの自治体が再び実質的な全面開示に応えるようになっており、神奈川県の姿勢はそうした全国の趨勢からも大きく立ち遅れたものでした。歴史をひも解けば、神奈川県は1983年、国に先駆けて、全国の都道府県の先陣を切って、情報公開に関する条例を制定した輝かしい歴史を持っています。今や初心は全く忘れ去られてしまいました。こうした行政側の姿勢の背景には、神奈川県内で、精神医療の分野で継続して情報公開を求める動きが途絶えてしまっていたことも一因としてあると思われます。神奈川県には以前にも精神医療人権センターがあって、630調査に関する開示請求を行い、分析と公表を行なっていた時期があるのですが、その後はKPが発足するまでこうした活動は長らく途絶えていました。住民側の絶えざる監視がない限り、行政の姿勢はたやすく隠蔽の方向に変節するという苦い教訓を得ることになりました。

もっとも、部分開示ではなく全面拒否だったことで、よかった点が二つあります。一つは、「のり弁」状態の部分開示文書を受け取ることで請求されるコピー代(枚数が多いと数万円)の必要がなかったこと、もう一つは、どの部分が個人情報に当たるかなどという行政側が繰り出す細部の屁理屈にとらわれず、行政の姿勢そのものを問うことができるという点です。いずれも「よかった点」というのはブラックジョークにもなりませんが、とりわけ行政側の姿勢については、病院経営の側に立つのか、患者の側に立つのかという対立点が明確であり、KPの情報公開請求の初戦として、今後の情報公開審査会などを通じて闘っていこうと思っています。

3.情報公開を求める根拠

患者や家族には、個々の精神科病院の実情を知りたいという切実な思いがあり、一方で情報公開制度には「行政文書は原則公開」という大原則があります。こうした切実な思いや大原則を一旦脇に置いてみたときに、民間経営が大半を占める精神科病院に対して、我々が胸を張って情報の公開を求める根拠はあるのだろうか、という疑問も湧きました。あれこれ調べるうちに「医療法」に以下のような規定があることを知りました。

第6条第2項第1号 国及び地方公共団体は、医療を受ける者が病院、診療所又は助産所の選択に関して必要な情報を容易に得られるように、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

第2号 医療提供施設の開設者及び管理者は、医療を受ける者が保健医療サービスの選択を適切に行うことができるように、当該医療提供施設の提供する医療について、正確かつ適切な情報を提供するとともに、患者又はその家族からの相談に適切に応ずるよう努めなければならない。

この条文をご存知の方も多いのかも知りませんが、私は初めて目にして、こうあってほしいと思うことがほとんど書かれていることに驚きました。それなのになぜ「医療を受ける者が病院等の選択に関して必要な情報を容易に得られ」ないのか、「医療を受ける者が保健医療サービスの選択を適切に行うことができ」ないのか、なぜ法律と現実がこうも違うのか、どうにも納得できません。本来であれば我々は情報公開請求などに精力を費やす必要はなく、行政と医療機関自らが医療法に従って積極的に情報提供を行えばいいだけの話です。ところが厚生労働省や神奈川県は、日精協の一片の声明文にひれ伏して、医療法の精神を踏みにじる行為に及んでいます。その背景には、日精協の会長と前総理大臣とのお友だち関係があることは周知の通りで、法律が政治によってねじ曲げられていると思わざるを得ません。日本が曲がりなりにも法治国家であるのなら、精神科の医療に関して納得できるまで情報の提供や開示を求める権利が患者や家族には保証されているはずです。

4.神出病院事件と情報公開

看護師など6人が入院患者に対する暴行や強制わいせつの罪で有罪判決を受けた神戸市の神出病院事件について、再発防止を目指して障害者虐待防止法の改正などを求める集会が5月11日、KPが事務局を務めて国会内で開かれました。同病院内ではかなり広範に、長期にわたって入院患者に対する虐待行為が繰り返されていたことが後に明らかとなりましたが、それが表沙汰になったのは、全くの偶然からでした。このことは、精神科病院の閉鎖性がどんなに恐ろしい結果をもたらすか、精神科病院の内情を開示させていくことがどれほど重要かを我々に知らしめました。兵庫県精神医療人権センターでは32年前から県内の精神科病院の情報公開を求める運動を続け、630調査や精神科病院監査結果の開示を得てきたばかりでなく、個々の病院に対する訪問活動も行ってきたということです。しかしその中で神出病院は、一貫して訪問を断り続け、挙句にこのような事件を起こしてしまいました。兵庫県精神医療人権センターの担当の方は、開示された630調査や監査結果をもっと注意深く読み込んでいれば端緒は掴めたはずで、事件の被害を食い止めることができたのではないか、と悔しい思いを吐露していました。630調査の情報公開請求は、精神医療の場における人権を確立する活動の1丁目1番地であることを肝に銘じました。

私どもKPは、630調査の情報公開請求に関して「ゼロ」から再出発せざるを得ず、先行きの長さに気持ちが挫けそうにもなりますが、この分野で多くの経験を積み重ねてこられた皆様のお力を借りながら、めげることなく、しつこく、精神科病院の扉を開く活動を続けていきたいと思っています。

「おりふれ通信」(2021年6月号)