若倉雅登さんの「羞明患者を救う」/ベンゾ副作用を「詐病」扱いされる被害者たち/厚労省調査で深刻な苦しみが明らかに

東京都内で家族と暮らす30代の男性Aさんは、10年以上も暗闇の中で生活しています。日光や照明の光が少しでも目に入ると、「視野が真っ白になって何も見えなくなる」という重い羞明(しゅうめい)や眼痛に悩まされ、光を避けて暮らさなければならないのです。

自宅でAさんが出入りする部屋の全ての窓には、厚いカーテンが引かれています。スマホやパソコン、テレビの明かりも駄目なので、真っ暗な自室ではテレビ番組の音や、音楽だけを聴いて過ごしています。骨の成長に欠かせない光を避ける生活を長く続けてきたので、既に骨粗しょう症と診断されています。

羞明の発症のきっかけは、ベンゾジアゼピンの断薬でした。腹痛が続いて訪れたクリニックで、抗不安薬として出されたベンゾの処方が漫然と続き、やがて、薬を止めると羞明が起こるようになってしまったのです。Aさんは、ベンゾの副作用が生じやすい体質だったのかもしれません。

発症した頃の羞明は、服薬を再開すると消えたり軽減したりしましたが、次第に服薬していてもまぶしさに襲われるようになりました。ベンゾは、長期使用で処方薬依存に陥る恐れもあるので、Aさんは主治医に相談して断薬したのですが、それ以来、ひどい羞明が治らなくなってしまいました。

これは、ベンゾの副作用と考えるのが自然ですが、薬の副作用救済にあたる独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PМDA)は、Aさんの障害年金支給申請に対して「不支給」を決定。これを不服として、Aさんが厚生労働大臣に行った審査の申立ても、棄却されました。その理由を厚労省は「重篤な症状が遷延することは稀である」などとし、この国の異様な薄情さをあらわにしました。「稀=無い」ではないことは、小学生でもわかりますが、この国の役人にとっては、苦しむ少数はいないも同然のようです。

しかし、こんな薄情な国にも、患者のために一緒に戦ってくれる医師は存在します。その1人が、井上眼科病院名誉院長で神経眼科医の若倉雅登さんです。この10年ほどで、眼の異常を「詐病」や「気のせい」などとされて苦しむ患者たち7000人以上が、若倉さんのもとを訪れました。Aさんの診察も行い、「ベンゾの長期使用で発症した中枢性の羞明」と判断しました。ここでいう中枢性とは、脳機能の異変が原因で起こっているという意味です。若倉さんは次のように指摘します。

「眼科医の多くは、眼球に異常がないと『ウソ』や『心の病』にしがちですが、Aさんに疾病利得はなく、激しい羞明で明らかに苦しんでいます。脳と眼球を切り離して考える今の医療のあり方こそが、科学的ではありません」

「脳の誤作動で目を自在に開けられない『眼瞼けいれん』という病気の患者さんには、羞明や眼痛の訴えが非常に多いことに、20年ほど前に気付きました。そうした患者さんの多くは、視力や視野の検査では異常が出ないので、私は『眼球使用困難症候群』と名付けて診療にあたってきました。重くなると、Aさんのように生活に著しい支障が出て、生活上は明らかな視覚障害者となります。しかし、視力や視野だけで障害の有無を評価する現在の決まりでは、視覚障害に認定されないのです」

眼球は脳のセンサーのようなものです。向精神薬の悪影響で、視覚に関連する脳機能の一部に異変が生じたら、それが眼の異常となって表れても不思議ではないことは、素人でもわかります。眼科医が目玉ばかりに注目し、脳を考慮しないとすれば、まさに「木を見て森を見ず」といえます。

若倉さんは、眼科のみならず、医療全体が同様の問題を抱えていると感じています。

「現代の医療は、患者の感覚的な訴えを『検査で検出できない』とか『バイオマーカーがない』などの理由で切り捨ててきました。患者の思い込みや、ウソのせいにしてきたのです。しかし羞明に限らず、脳の異変が原因とみられる感覚の異常は多くあります。少数のウソつきが紛れ込むのを防ぐために、苦しむ患者を見捨ててはいけません。医師は、患者の訴えに誠実に耳を傾けるべきであり、それこそがAIには真似できない人間的な医療になります」

若倉さんら一部の眼科医たちは、Aさんもメンバーとなっている患者会などをサポートし、行政や政治家に対しては、患者への理解と支援を呼びかけました。その結果、厚労省は2020年度、「羞明等の症状により日常生活に困難を来している方々に対する調査研究」を実施しました。100人以上の患者にアンケートやヒアリングを行い、ADL(日常生活動作)の著しい低下が明らかとなりました。

漫然処方されたベンゾの副作用などで、重い羞明を発症した患者たちを救済し、新たな発生を防ぐための第一歩がやっと踏み出されたのです。診断基準の作成などは、まだ先の話になりますが、今後の動きが注目されます。

羞明や眼痛などの「眼球使用困難症候群」の患者支援を続ける若倉雅登さん(東京都千代田区の井上眼科病院で)